クスクス・タジン・鳩肉のパイ(パスティラ)!マラケシュの名店「Al Fassia」–モロッコ食い倒れ紀行③

旅行記

モロッコ食い倒れ紀行:①(フナ広場の屋台)②(ピエールエルメ)、③(この記事)、④(港町の焼きダコ)

 マラケシュ食べ歩き紀行の締めくくりに、素晴らしいモロッコ料理のレストランを紹介したい。その名前は「Al Fassia」で、マラケシュ市内に二店舗を出している。

 日本語のガイドブックには「女性の自立支援のため、店員は全て女性!」と書いてあって感心するが、このレストランはそうした社会的意義を踏まえる以前に、ただ食事が素晴らしいから足を運びたくなる場所であることに敬意を払いたい。

 我々は新市街の店舗をとても気に入り、四日ほどのマラケシュ滞在中に二度足を運んだ。市井の人々の食事における簡潔な美味しさと対極にある、極めて洗練された味がこの店の身上である。

たくさんの前菜小皿

 この店が街中の食堂と違うことがはっきりと分かるのは、何種類もの前菜が小皿に盛られて出てくる時である。一つ一つの小皿について何も説明がないうえ、とにかく少量なのを三人で分けたから、あまり印象に残るものはなかった。

 それでも、以前、銀座の「厲家菜」で昼食を取った時、同じように様々な前菜が小さく盛られて出てきた時の優雅な気持ちを思い出して、気分がよろしい。「厲家菜」は北京に本店があるレストランで、清朝末期の政治を恣にした、美食三昧でも知られる西太后の料理人を努めたとされる人物の子孫が経営しており、宮廷料理を再現して提供している。

 このモロッコで同じような方式で前菜が出てくるのは、やはりこの国が現在に到るまで王室を抱き続けており、その中で洗練された料理文化が発展したからだろう。

 誰しも齢を重ねるにつれて「美味しいものを少しずつ食べたい」と言うようになるし、我が家でいつもパスタを吸い込むように食べている妻ですら同じ言葉を口にしているわけだが、ここまで徹底してそれを体験できる機会はそう多くはない。

 この店の手にかかれば、庶民の食事であってもまた別の料理を食べている感覚を与えてくれる。ここで注文したのはビサラという空豆のスープで、街中のささやかな屋台でパンと一緒に朝食としてよく提供しているものである。材料は乾燥空豆、塩、ニンニク、クミンだけと安価で作れるが、その割りに侮れない美味しさがある。

 街中のビサラはあまり手が込んでおらず、田舎武士の面打ちのように一本気な味わいである。口に含むと、最初にもったりとした空豆の舌触りが最初に感じられたあと、そこからニンニクの旨味とクミンの香りがのそりと姿を現す。

 対照的に、この店のビサラはさながら宮廷の剣舞のようで、空豆の濃さを控えめにすることによって、残る二つの要素が広大な舞台の上で軽やかに動くことができる。個人的には、ビサラは朝の街の冷えた空気の中で粗末な陶器に入ったものをパンで掬い取るものだと思っているが、こうして綺麗なテーブルの上で平皿にたたえられたものを一匙ずつ口に運ぶというのも、外遊した皇族が晩餐会に出席した時のような仰々しい豪華さがあって悪くない。

風味絶佳の鳩肉パイ、パスティラ

 私の度肝を抜いたのは、このパスティラだった。モロッコの伝統的な料理で、粗挽きの鳩肉と砕いたピスタチオを混ぜたものにバラのシロップとシナモン等のスパイスで味を付け、ごく薄いパイ生地で包んだものに粉糖をかけている。

 発想においてはトルコの伝統菓子であるバクラヴァに近いものを感じるが、肉を包むのはモロッコならではだろう。一口齧ると最初にパイ生地のパリパリとした食感があり、続いて重厚なフィリングの味が広がる。かなりしっかりと甘さが効いており、バラとシナモンの香りも強いのだが、脂が乗っていて弾力のある鳩肉から濃い旨味が出てくるので、全体として完璧に調和している。

 パイを食べているはずなのに、肉汁とシロップで口の中がびたびたに浸される感覚は新鮮で、至福というほかない。さながら花園に休むでっぷりとしたスルタンのような味わいで、実に堂々とした風格がある。この旅行で一番記憶に残った一皿だった。

タジンとクスクス

 モロッコ料理の代表格であるタジンやクスクスもお手の物である。我々が注文したのは、ナスとラムのタジンに加えて野菜のクスクスである。

 タジンは実に地味な見た目ながら、スパイスを駆使して良い香りだけを引き出したラムと、揚げて水分を抜くことで甘みを際立たせた茄子との相性は抜群で、モロッコ人の食の魔術をありありと目撃した心地がした。

 クスクスはにんじんとズッキーニの滋味深い甘さが全体に優しく馴染んでおり、タジンを軽くよそってから食べるのがたまらなかった。

 これだけ色々飲み食いして、お会計は一人四千円くらいだったと記憶している。現地の水準では超高級なのだろうが、我々からすれば居酒屋に行くのと大差ないくらいの料金で、この世にはありがたいレストランもあるものだとつくづく感じた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました